黃貫中 — Paul Wong
香港の男性歌手、ミュージシャン、シンガーソングライター、プロデューサー。BEYONDのリードギタリストで、1999年末にソロ歌手としての活動を始め、2002年11月に香港コロシアムで初の単独コンサートを開催した。
アーティスト紹介
黃貫中(英語名Paul Wong Koon Chung)は、香港の男性歌手、ミュージシャン、シンガーソングライター、プロデューサーで、1964年3月31日生まれ。ロックバンドBEYONDのリードギタリストである。
黃貫中は幼少期に九龍城で暮らし、子どもの頃から絵を描くことが大好きで、画家を志したこともあった。京士柏の循道學校に通った後、1976年に土瓜湾の東莞同鄉會學校午後校を卒業した。同級生には監督の葉偉信がおり、在学中に美術コンテストで優勝したことがある。
黃貫中は新蒲崗の李求恩紀念中學を卒業後、香港理工學院でデザインを学び、その間にドラマーの葉世榮の紹介でウォン・カークイらと知り合い、BEYOND初のコンサートでデザインを担当し、後にバンドのメンバーとなった。中華書局のオンライン書店に掲載された原稿にも、黃貫中がBEYONDに加入したのは後のことだったと記されている。一方、サウスチャイナ・モーニング・ポストの回顧記事が引用した同紙娯楽面編集者の記述では、ウォン・カークイ、黄家強、葉世榮、黃貫中の4人が1983年にBEYONDを結成したとされている。広告会社でデザイナーを務めた経験があることから、黃貫中はギター演奏のほか、カセット版『再見理想』のジャケットデザインや1991年の『生命接觸演唱會』の衣装デザインなど、バンドのアートワークもたびたび担当した。
1988年、黃貫中はBEYONDのアルバム『現代舞台』から一部の曲でリードボーカルを担当するようになり、同年にバンドが発表したアルバム『秘密警察』では、収録曲「大地」のリードボーカルを務めた。1989年には王菲と「未平復的心」をデュエットした。1990年、黃貫中が作詞し、ウォン・カークイが作曲した「俾面派對」が第13回十大中文金曲を受賞した。黃貫中は複数のテレビドラマにも出演しており、李克勤とダブル主演した『Two of a Kind』などがある。中国語版ウィキペディアによると、BEYONDが日本で活動していた時期、黃貫中はギター演奏に集中したいと述べ、そのため歌唱部分が比較的減った。1993年6月30日にウォン・カークイが事故で死去した後、黃貫中はバンドのベーシスト黄家強とともにBEYONDのリードボーカルを担い、バンド名義で音楽作品の発表を続けた。二人はバンドの主要なソングライターにもなった。
黃貫中がほかの歌手のために作曲、編曲、プロデュースを手掛けた作品には、「自尋煩惱」(1997年)、「所有人是傻」(2000年)、「馬龍白蘭度」(2004年)などがある。また、制作会社Polar Bear Production Co.を設立し、ほかの歌手の楽曲を作曲・プロデュースした。協業した歌手にはアンディ・ラウ、李克勤、許志安、陳小春、林海峰、カレン・モク、梁詠琪、何超儀、軟硬天師、LMFなどがおり、新進バンドのSolerとTatflipの作品には歌詞も提供した。
1999年末、BEYONDの活動休止中に、黃貫中はソロ歌手としての活動を始め、恭碩良(Jun Kung)、LMFメンバーのMak Man Wai、SolerのDino AcconciとバンドHannを結成した。BEYONDは1999年にメンバーの個人活動を発表し、結成20周年の2003年に一時再結成した後、2005年に正式に解散した。2000年、黃貫中は劇団Theatre Spaceのミュージカル『The Dream Broken in Victoria Harbour』で主人公Tonyを演じた。同作はブロードウェー・ミュージカル『West Side Story』を香港に舞台を移して翻案したものだった。その後、黃貫中はスタジオPolar Bear Studioを設立し、ユニバーサル ミュージックと契約、2001年1月に広東語アルバム『Yellow Paul Wong』を発表し、同年に『Black White』を発表した。この2作により、黃貫中は2001年と2002年の叱咤樂壇流行榜頒獎典禮で叱咤樂壇唱作人金獎を受賞した。
2002年にEP『同根』を発表した。黃貫中は記者会見で、初の単独コンサートを11月5日に香港コロシアムで開催すると発表した。2002年11月、初の単独コンサート『Play It Loud』が香港コロシアムで開催された。
2004年7月、黃貫中はEMIからアルバム『我在存在』(I Now Exists)を発表し、曲「我在存在」は香港作曲家及作詞家協會の2003/2004年度CASH金帆音樂獎最佳另類作品獎を受賞した。2005年のBEYOND解散前には、バンドメンバーとして香港コロシアムでコンサートを行い、BEYOND最後のワールドツアーに参加した。その後、商業電台の森美小儀歌劇團によるミュージカル『亞卡比槍擊事件』で音楽監督を務め、劇中歌を制作した。2006年4月、黃貫中は中国のワーナー・ミュージックと契約して中国本土市場を開拓し、10月には香港コロシアムで単独コンサート『Paul Wong Hong Kong Concert 2006: The Music of Madman's Study』を開催、同年にEP『狂人習作』を発表した。
2008年6月10日、黃貫中は黄家強、葉世榮、黄耀明、バンド太極らと香港コンベンション・アンド・エキシビション・センターで『別了家駒十五載 海闊天空音樂會』に参加し、BEYONDの元メンバー3人が3年ぶりに共演して「海闊天空」を歌った。2009年7月、黃貫中は書籍『顛倒』を出版し、同月、黄家強と香港コロシアムで3公演のコンサート『黃家強 x 黃貫中 This is Rock & Roll Live In Hong Kong 2009』を開催した。ゲストはメイデイ、黄耀明、バンド太極、イーソン・チャンだった。2011年10月には広東語・北京語アルバム『A小調協奏曲』を発表し、同年、新城勁爆頒獎禮の新城勁爆殿堂搖擺歌手を受賞した。2012年、黃貫中は「新城全球勁爆搖擺歌手」を受賞し、作曲・編曲・プロデュースを手掛けた「年少無知」は新城勁爆我最欣賞歌曲と2012年度叱咤樂壇流行榜の叱咤樂壇我最喜愛的歌曲大獎を受賞した。黃貫中は香港コロシアムで2公演の単独コンサート『Paul Wong Rockestra』を行い、陳豪、林保怡、黃德斌と『天與地』のエンディング曲「年少無知」を歌ったこともある。中国語版ウィキペディアによると、黃貫中は2012年に朱茵と結婚した。
2013年1月18日、黃貫中は湖南卫视の番組『我是歌手』に出演し、その後、葉世榮と中国本土でコンサートに出演した。同年、映画『古惑仔:江湖新秩序』で大佬Bを演じ、2014年には映画『末日派對』で健豪を演じた。
2016年4月9日、黃貫中はKITECで『英雄有分數演唱會』を開催した。2017年11月から2019年8月まで、葉世榮と『葉世榮 & 黃貫中 衝動效應Impulse演唱會』を開催した。2018年6月7日から8日には、黃貫中、ダニー・サマー、單立文、鄧建明、恭碩良が「Hong Kong Band」を結成し、香港コロシアムで2公演のコンサート『搖滾大俠奏』を開催した。2019年12月、黃貫中は秋紅、Soler、逆流、Cassette、ToNick、Josie & The Uni Boysという香港のロックバンド6組を率いてマカオへ赴き、『Let’s Mixture Rock Party融洽搖滾派對』を開催した。
2023年、黃貫中は楊乃文と「釋懷」をデュエットし、同曲はアルバム『FLOW』に収録された。2024年には、ミュージシャン陳匡榮を記念する作品「一夥」を発表した。2025年にはアルバム『碎片』とアナログレコードを発売し、同作は第19回Freshmusic Awardsの2025年度50佳专辑に選ばれた。2026年6月26日、黃貫中は『天若有情1990-2026深圳时光演唱会』を開催した。
概要
- 生年月日
- 1964年3月31日62歳
- 出身地
- 香港
- キャリアの起点
- グループの一員としてデビュー · 1986年
- 活動期間
- 1986年~現在40年
- 性別
- 男性
- 別名
- 黄贯中、Paul Wong Koon-chung
- 楽器
- ボーカル、ギター
収録済みの作品とリリース
収録済みの作品はまだありません。